今回は、野球肘についての基本的な知識とその対応についての続編です。
「てるクリニック」院長の照屋先生と同クリニック理学療法士である玉城が説明します。
【はじめに】
高校生は、これから本格的に冬トレに入っていく時期ですね。この冬トレの時期が春以降の活躍に繋がっていきますので、僕たちも楽しみです。この冬トレで怪我をせず、かつこれからの春、夏に向けて怪我をしない体を作り上げてほしいなと思っています。
小学生や中学生は明確な冬トレはありませんが、少しずつ寒くなってきているので、体を冷やさないように気をつけつつ対応してください。寒くなることで体を小さく丸くしてしまい、そのまま野球に臨まないように、野球の前にはしっかりと体を温めてから開始しましょう。
【これまでの復習から】
肘は上腕骨と尺骨という骨の2つでできており、内側の痛みは、上腕骨の内側上顆というところと尺骨を繋ぐ場所に障害が出ます。上腕骨の内側上顆には、内側側副靭帯と回内筋群(前腕を内側に回す筋肉)がついているため、一般的にはその2つの組織の関係から野球肘の内側の痛みが起こると言われています。
内側の野球肘の上腕骨側の障害は、レントゲン写真(写真①)のようになります。
写真①
左のレントゲン写真は、投球側のレントゲンで右肘です。矢印が指しているところが内側上顆より骨片として剥がれた部位です。この部位にかかるストレスは、いわゆる『肘下がり』になり、ボールに加速をかける力が肘にかかる時に起こります。『肘下がり』になる要因は様々です。
内側の野球肘の尺骨側の障害は、年齢の骨の成長による要因はありますが、ストレスとしては、ボールリリースの際に負担のかかる慣性力によるものが考えられます(写真②)。
写真②
この慣性力をいかに肘や肩にかけないようにするかが重要になってきます。この尺骨側の野球肘のレントゲンはこのようになります(写真③)。
写真③
【ボールをちゃんと前に投げるために】
ボールを前に投げるためには、効率よくボールに力を伝えるかが大切です。ボールへの前への力が伝わりきらないと、体のどこかで無理をすることになります。
軸足で安定すること、そして踏み込み足にしっかり重心移動し、その力を上半身にどう伝えるか、そしてその上半身に伝わった力を腕、手、指を伝え、ボールに伝えるかを考えなくてはいけません。
まず軸足の安定が前提で、今回は踏み込み足について考えたいと思います。
踏み込み足は、股関節や足関節の可動域が最低限あっても、踏み込み足のつく位置が変わると、前への向かう方向が変わるため、必要となる可動域が変わります。
写真④の右がストレートステップ、真ん中がインステップ、左がクロスステップです。ストレートステップから徐々にインステップからクロスステップになっていくことで、前への向かう力が、右斜め前にずれていきます(右投げの場合)。そのズレの分を修正するためには、左股関節や胸郭などの可動性が必要となってきます。
写真④
一般的にクロスステップにするように指導をすることは稀だと思いますが、インステップ傾向の投手が調子の善し悪しでクロスステップになっていくことはあります。ストレートステップでは、股関節の可動域が十分である選手も、クロスステップになることで、可動域が足りず、肩や肘で負担をさせてしまうことになるかもしれません。また、足の向きが内や外に過度に向くことで前への重心移動が行きにくくなることもあるため、クロスステップと合わせると予定に負担が増えるかもしれません。インステップでも可動域が十分にあり、その可動域を活かして投球できているのであれば、障害を起こすことありません。障害を起こさず、かつ打たれないように投球していく。障害を起こさなくても打たれてしまうのであれば、投手は継続できませんし、その兼ね合いは選手自身、監督やコーチ、トレーナーなどと相談して考えていく必要があるのではないかと思います。
小学生や中学生はキャッチボールの際から自分がどのように踏み込み足をついているかを客観的に見てみて、それを自分にて修正できるのか、できなければコーチや監督に相談してみるのがいいかと思います。スマートフォンなどで親御さんに撮ってもらい、その動画を見て自分のイメージ通りに投げられているかを観察してみてもいいかと思います。大体は自分のイメージ通りに投げるのは難しいので、理想とする・目標とするフォームなどがあれば、そのフォームに対して自分のフォームがどうなのか比較し、考えてみてください。
調子がいい時のフォームはどうなっているのか、調子が悪い時のフォームがどうなっているのかの比較をしてもいいかと思いますし、試合中にうまくいったフォームとそうではなかったフォームを比べてみるのもいいかもしれません。
写真⑤
写真⑤は足関節の長母指屈筋という筋肉のストレッチの方法ですが、この写真を見るとまず、踵があがってしまっているので、スネが前に倒れるのが難しそうに見えます。スネが前に倒れにくいということは、これが左足であると踏み込みをした時に前に行きにくくなりますね。そして、踏み込む際の地面は平坦ではなく、左右傾斜がついていたり、付く位置によって異なります。足関節の左右への動きが不十分であるとその地面に対応できなくなり、足の裏にかかる圧が外側や内側に逃げることになり、結果として上半身は前にいきにくくなります。
【上半身での対応力】
股関節や足関節中心に話しましたが、今度は胸郭や肩甲骨を中心とした上半身の対応力について考えたいと思います。下半身で効率的な動きが多少問題があったとしても、上半身でどうにか対応できる場合もあります。腰椎は基本的に曲がったり(屈曲)、反ったり(伸展)する関節なので、捻る(回旋)動きはそんなにありません。そうなると腰椎より上の胸椎・胸郭・肩甲骨でどうにか対応し、腕に力を伝えないといけません。
写真⑥、⑦を見てください。肩甲骨の周りは筋肉で覆われていますが、このように胸郭に乗っています。この胸郭は前方に胸骨、後方に胸椎、その二つを10本の肋骨が繋いでいます。残り2本の肋骨は胸椎からついて浮いています。肋骨がついている部位が各関節であるため、胸郭自体は3Dに動くことが可能です。胸郭が3Dで動き、その上の肩甲骨を前方に向くようにすることで腕・手は前に振ることが出来ます。
写真⑥
写真⑦
逆に胸郭が3Dで動けなくなってくると、肩甲骨は胸郭の上を動くしかなくなり、対応力が減ってきてしまいます。前田健太投手が通称マエケン体操というのを行なっていますが、胸郭から肩甲骨まで動かしているように見えますね。
【原因は一つではなく、多くの原因(多因子)から成り立っていることが多い。】
肘や肩、腰など野球人にとって軽度・重度に限らず負担が来ることがあります。
この痛みや張りなどが起こった部位の多くは、その部位だけが問題ではなく、他の部位の影響から起こっています。
その他の部位からの影響は必ずしも1つではなく、2つ以上が影響している可能性があり、その中でも影響している可能性が高いものを何かを見出していくことが必要な過程となります。
影響が及ぼす可能性のあることをあげるとキリがありません。日常生活の姿勢や動作、生活環境、食事など栄養、睡眠などの休養、過去に怪我や手術をした後遺症、まだまだ他にもあります。少し気が落ち込んでいるだけで姿勢は変わるため、その時の気持ちさえも影響します。
2つ以上が影響しているというと、同じような身体をしていても、学生で毎日部活をしていた選手がテスト休みにて2週間野球をやっていなかったという条件でも、怪我をする危険性は変わります。元々練習のしすぎで休みが必要だった選手は身体が軽くなっているかもしれませんし、逆に練習が2週間空いたことで普段の投げる感覚からズレてしまい、普段していないような投げ方や走り方、振り方をして怪我をする可能性もあります。なので、毎日今日の調子はどうかなと確かめながら体を動かすことが大切です。
例えば右肘を痛めた選手がいて、一番の問題は胸郭・肩甲骨の動きが不十分であることの問題だとしても、その問題が4割、股関節の問題が3割、足関節の問題が2割、その他1割という可能性もあります。当初の胸郭・肩甲骨の問題がなくなったとしても、股関節・足関節の問題が残っていることで、投球は開始できても可能性がなくなったわけではありません。また、その股関節、足関節、胸郭の問題はそれぞれに繋がりがあって、お互いの問題を高めているかもしれません。
怪我や不調にならないためには、その要因を少しでも軽くしていくことが必要です。
【答えは変化するかもしれない。】
今回お伝えしたストレッチなどの自主トレは、行なってもらうことで一定の効果が考えられますが、日々医療は、経験的にも研究としても発展していますので、また次回同じような内容をお話しする時には、大枠としては同じでも新たなものが追加されている可能性が高いです。
野球も医療も日々変化していっていますので、沖縄県全体で野球に関する医療がレベルアップしていけたら嬉しいです。
てるクリニック
理学療法士 玉城潤