野球肘についての基本的な知識と一般的なその対応について「てるクリニック」院長の照屋先生と同クリニック理学療法士である玉城さんに説明してもらいます。
今回は特に肘の内側に痛みについて、話してもらいます。
【序文】
7月に入り、暑さも増している今日このごろですが、ガラスまがい(痙攣)をよくするような選手は、水分や栄養について注意して摂取しましょう。野球の練習中だけではなく、練習後も取っておくことが大切です。また、日常生活から水分が足りていないようでは野球の時から脱水状態で練習開始している可能性もあります。
逆に一気に水分の摂りすぎて、お腹が重たくなるようでは本末転倒です。自らの身体と対話しつつ、水分補給・栄養補給をしてください。また水分摂取の中でも塩分が足りていないのか、糖分が足りていないのかを考える必要もあります。考えていると、汗を多くかくような夏には何を取らなければならないかわかってきます。
【内側の野球肘】
内側の野球肘の痛みについては、様々な研究がなされていますが、未だに研究では明らかになっていないことも多くあります。専門的に診ている医師や理学療法士の中では、『そうであろう』となっていても、研究をしてそれを発表・論文になっていないものは多くあります。
『そうであろう』というのは、人間の体には研究で明らかにできないことが多くあるので、経験則ではわかっていても学会や本には出せないものがあるということですね。
野球肘と言っても、様々な種類があり、痛い部位は似ていても痛みを出している組織は異なることが多いです。
肘は上腕骨と尺骨という骨の2つでできており、内側の痛みは、上腕骨の内側上顆というところと尺骨を繋ぐ場所に障害が出ます。上腕骨の内側上顆には、内側側副靭帯と回内筋群(前腕を内側に回す筋肉)がついているため、一般的にはその2つの組織の関係から野球肘の内側の痛みが起こると言われています。
この野球肘の内側の痛みには、主に上腕骨側・尺骨側があります。その中間の痛みもありますが、今回は上腕骨側、次回は尺骨側にかかるストレスの問題と考え方をお伝えします。
【野球肘内側の上腕骨側について】
写真①
レントゲン写真(写真1)を見てください。左のレントゲン写真は、投球側のレントゲンで右肘です。矢印が指しているところが内側上顆より骨片として剥がれた部位です。レントゲン写真のように剥がれていると基本的に2〜4か月のノースローとなる場合が多いです。ノースローにはなりますが、この時期になにができるかでスロー開始からのこの選手の状況は180度変わります。ではなぜこの部位にストレスがかかったのかを一つご説明します。
【肘下がりになった時の肘へのストレス(反力)】
投球動作は、つま先から指先までの全身運動であり、身体の捻りや重心移動によって蓄えられたエネルギーを各関節の連鎖運動により増強し、最終的にはボールを投げるということに集約させるものです。従って、その障害は肘関節のみに起因するのでなく、足、膝、腰、体幹、肩など全てに関係しています。その中で肘の上腕骨側にかかるストレスは、主に肘下がりになった時です。この肘下がりは以前も説明しましたが、『肘下がり』の定義とは、右投げの場合、左足を上げ、その左足が前についたときから、右の前腕が一番床に水平に近づくところにて、両肩を結んだラインよりも肘の高さが上がらないフォームを指します。(写真2)
写真②
ボールを投げる際にはボールに力をかけないと投げられません。ボールに力をかけるには、自分自身には力がかかります。その説明を写真3のみんな大好き具志堅用高選手とマルカノ選手の写真を用いて説明します。具志堅さんは、右手でマルカノ選手の顔を殴りました。マルカノ選手の顔はダメージを喰らいますが、その同じ力が具志堅さんの拳にもかかります。その力は、手首や肘、肩にもかかってきます。赤い矢印は、具志堅さんがパンチを食らわすために出した力、黄色の矢印はその分具志堅さんに返ってきた力(”反力”と言います)です。話を投球に戻しますが、投球も同じで、ボールを早く遠くに目的の場所(味方のグローブ)に投げるためには、その分を力を身体に受けないといけません。その力が肘や肩にストレスをかけます。肘や肩にだけストレスがかからないようにしていくことで、障害は防げますが、何が原因なのかが大切です。
写真③
【年齢的な問題】
ストレスとは別に一般的には年齢による要因もあると言われています。写真4を見てください。これは、肘関節周囲の骨の成長を表しており、左側の年齢が骨端核のできてくる時期、右側の年齢が骨端核から骨化が完了してくる時期です。上腕骨側の痛みの多くは、上腕骨の内側上顆が骨化していなく、弱い時期に起きることが多いとされており、骨としても硬くないのでこの部位にストレスがかかると損傷しやすくなると言われています。
写真④
【野球肘内側への対応方法】
もちろん年齢的なことも考慮しなければなりませんが、投球動作のストレスを肘にかけなければ障害は起きにくくなります。以前に肩甲骨と胸郭の問題によって、肘下がりになることはお伝えしましたが、今回は下肢の問題をお伝えします。
写真5では投球フェーズを示しています。この投球フェーズの中で、MERと略される時期までに肘があがっていることが大切です。
写真⑤
【軸足について】
軸足が不安定で、投球するたびに踏み込み足がインステップになったり、アウトステップになったり、もっと不安定だとクロスステップになったり、オープンステップになったりすることもあります。ボールを効率的に投げるためには、ボールを投げる方向に身体が進むようにしたいですが、踏み込み足がバラバラについているようでは、その都度上半身などでの修正しなくてはいけなくなります。なので、軸足は一定にできるように、選手が意図する踏み込み足の位置になるように、軸足の安定性を出すことが必要です。
投球するように片足で立ち、その場で何回かケンケンをしてみてください。そのケンケンが同じ位置につけるようであれば、軸足の安定性は少なからずまっすぐになっており、重心が後ろや前に偏っていないことを指します。
軸足が安定していることで、肘があがるまでの時間が作れ、肘下がりになりにくくなります。もちろん軸足以外の問題も有りえますので、それ以外の問題がなければ肘下がりの問題は解決するかもしれません。
【野球肘への負担について】
野球肘、特に内側の野球肘について、その肘の組織(骨や靭帯)に損傷や炎症が出る際には、なぜ右肘に負担がかかったのか、かけているのかが大切です。専門家に頼ることも必要ですが、肘に負担のかけるとはどういうことなのか、かからない投球とはどのような投球か、かからない投球のための身体作りとは、と自ら試行錯誤して進めてほしいと思います。
それは年齢関係なくです。成長段階では、成長する身体に応じてストレッチやトレーニングが必要ですし、年齢を重ねた方は加齢に伴う身体の変化に応じてストレッチやトレーニングが必要です。
また、期間が空いて投球することになると、以前の身体のイメージで投球を行うと思いますが、そのイメージとのギャップがあると身体のどこかに負担をかけることにも繋がります。学生はテスト明けでの練習、社会人などは久しぶりの草野球などを気をつけてほしいです。
少しでも怪我・障害をなく、楽しく野球を続けていけるように身体と相談していきましょう。
【解剖学への基礎知識について】
日本の教育課程の中で、解剖学を習うことは少ないですが、欧米諸国では徐々に解剖学の基礎的な内容について学ぶ機会が増えているようです。
特に運動・スポーツの競技者、愛好家については、自らの身体で筋肉痛になったのはどこか、怪我したのはどこかということを理解することも必要です。
この連載では少しずつではありますが、基本的な解剖学の図等も載せつつ進めていきますので、大人も子供も一緒に学んでもらえたらと思います。
【怪我をした時に】
多かれ少なかれ野球などのスポーツを行っていると痛みや怪我をすることがあります。
痛みによって練習が十分にできなかったり、出るはずだった試合に出られない経験もするかもしれません。それによって焦る選手もいることでしょう。
スポーツはスポーツしている時にだけスポーツの能力が高くなるわけではありません。なので、怪我や痛みによって野球が十分に出来ない時にも野球がうまくなることはたくさんあるわけです。
医療の世界では、怪我や障害の部位を患部と言って表現したりもしますが、患部外トレーニングと言って患部以外の機能をあげておくこともあります。
怪我はどうしても治癒まで期間が必要なことがあります。例えば野球肘の内側側副靭帯損傷にて3週間の投球禁止となった場合、肘については安静(この場合では投球)にしておく必要がありますが、肘に悪影響を与える可能性が少ない部位に関してはトレーニング可能です。
上記でも話していますが、野球肘の内側の障害では、肘が犠牲者になり、肘以外の身体の問題が投球フォームに影響を及ぼし、肘に負担をかけています。
なので、肘自体には投球禁止という安静期間が必要ですが、肘に悪影響を与えているかもれしれない身体については、むしろ今のうちに問題を解決しておくべきということになります。
患部外トレーニングだけでなく、自身の投球フォームがどんなだったか、目指すべき投球フォームは何なのかと自ら問う時間も作ることが出来ます。野球ノートを見直したり、今の気持ちを書き記したりすることで、未来の自分の宝になるかもしれません。
日々単調で同じような毎日を送っていると野球が好きだったことを忘れてしまい、怪我をして戦線離脱すると、改めて野球が好きなんだと気がつくことができる場合もあります。好きこそものの上手なれということわざもありますが、やはり好きなことをしたほうが自ら主体的に、能動的に動けるようになり、野球をしていることに幸せを感じ、チームメイトと切磋琢磨している時間を有難く思えるかもしれません。
怪我をする前には、いくら野球やってもよかったものの、制限されたことで気がつくパターンですね。
親御さんもお子さんが怪我をしている時には一緒に辛くなるかもしれませんが、この機会でより一層成長するかもしれないということを考え、支えてもらえたらと思います。
【何が正解か何が正しいかは自分の目で】
世の中には多くの考え方があります。
野球も指導者がそれぞれの持論を持ち、トレーナーがそれぞれのトレーニング理論・方法論を持ち、出しては消えるトレーニング本や健康雑誌などで情報が散乱しています。どれも間違いではありません。ただ、自らの身体に合うかどうかは別問題です。このストレッチ・トレーニングをしてみて、自らの身体がどうなのか自問自答して採択するべきです。
全てを自分で判断するのは難しいことです。誰かを信用して任せるのであれば、その指導者・トレーナーのせいにしてはいけません。自分の身体は自分の責任です。
何が正しいか、常に自問自答し、身体と相談してください。身体が悲鳴をあげているのを無視しないでください。
自己責任ではありますが、素晴らしい指導者・トレーナーに出会うことが自らの人生を変えます。私も素晴らしい指導者に出逢い、今があります。この文章を読んでくれている方が、素晴らしい指導者に、素晴らしいトレーナーに出逢えることを祈っています。
てるクリニック
理学療法士 玉城潤